大久保利通(おおくぼとしみち、1830年〜1878年)は、明治維新(めいじいしん)を進めた中心人物の一人で、日本を近代国家へと導いた政治家です。西郷隆盛(さいごうたかもり)や木戸孝允(きどたかよし)と並び、「維新の三傑(いしんのさんけつ)」と呼ばれています。
利通は薩摩藩(さつまはん、現在の鹿児島県)の下級武士の家に生まれました。幼いころからまじめで、学問に励みました。特に、国の将来を真剣に考えるようになり、同じ藩の西郷隆盛と親しくなります。二人は幕末の動きの中で協力し、新しい日本をつくるために行動しました。
幕府の力が弱まり、外国との関係が広がる中で、利通は薩摩藩と長州藩を結びつける「薩長同盟(さっちょうどうめい)」の成立に関わります。そして、1868年の明治維新では、新政府の中心として活躍し、江戸幕府を終わらせる大きな役割を果たしました。
明治政府では、利通は「政府の柱」として、さまざまな改革を進めました。税のしくみを整え、身分制度を廃止し、教育制度をつくるなど、日本を近代国家にするための土台を築きました。また、鉄道や郵便制度の整備、西洋の技術や文化の導入にも力を入れました。
1871年には「岩倉使節団(いわくらしせつだん)」の一員として、アメリカやヨーロッパを視察します。そこで見た近代的な社会に感動し、「日本も急いで改革しなければならない」と強く感じました。帰国後は、さらに積極的に政治を進めていきます。
しかし、利通の改革は急すぎると感じる人も多く、特に西郷隆盛とは考え方の違いから対立するようになります。西郷は武士の心を重んじ、利通は国の発展を優先しました。やがて西郷は政府を離れ、1877年に西南戦争(せいなんせんそう)を起こします。利通はこれを止めることができず、悲しい決別となりました。
翌年の1878年、利通は東京・紀尾井坂(きおいざか)で不満を持つ士族たちに襲われ、命を落とします。享年48歳でした。
大久保利通は、冷静な判断力と強い責任感を持ち、日本の近代化に大きく貢献した人物です。その生き方は、「国のために働くとはどういうことか」を教えてくれます。
バーサット 守山校
住所:愛知県名古屋市守山区大谷町14-6
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